大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)791号 判決 1988年3月25日

控訴人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

鹿内清三

山本繁樹

笠井勝彦

橋本敦

大石勘太郎

控訴人

飯塚泰

右両名訴訟代理人弁護士

稲垣喬

被控訴人

石井雅子

右訴訟代理人弁護士

小林廣夫

伊東香保

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(控訴人ら)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文と同旨。

二  当事者の主張

次に当審主張を付加する外、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人ら)

1  本件硫酸ストマイ投与と聴力障害進行との因果関係の不存在

(一) 硫酸ストマイとジヒドロストマイの相違点

昭和一九年にワックスマンによつて発見されたのは、硫酸ストマイであり、当時の投与量は、一日一〇グラム連日投与というもので、このような大量投与では難聴が発生するが、少量投与では発生せず、また、投与を中止すると回復する例が少なくなく、いわゆるニーマイヤーの原則に良く合致している。

しかし、硫酸ストマイの副作用である前庭機能障害を回避するため、昭和二三年にジヒドロストマイが、新たに作られた。ところが、ジヒドロストマイは右副作用は少ないものの、難聴を発生させる率が高いことが判明し、しかも、右難聴は、投与を中止しても進行し、投与量に関係なく生ずるという、ニーマイヤーの原則に全く合致しない、極めて特異な副作用の発生形態をとるものであつた。このように、両者は同じアミノ配糖体でありながら、副作用の現れ方は全く異なつている。

そこで、両者の副作用を半分にしようと、これを混合した複合ストマイが出現したが、かえつて、両者の副作用を共に発生させることが判明し、硫酸ストマイであれば、難聴の発症可能性が極めて少なく、また、副作用の前庭機能障害は、投与量を少なくすれば防止し得ることから、硫酸ストマイを用いるのが最も適切との報告が出され、日本でも、昭和四七年以降ジヒドロストマイの製造が中止され、硫酸ストマイのみが用いられるようになつて、今日に至つている。

このように、本件硫酸ストマイは、投与量が少ない程、難聴の発生率が極めて少なくなり、投与を中止すれば進行が中止するもので、副作用の予見性が確かなものである。この点が、少量でも難聴を発生させたり、投与中止後も進行する例があるなど、副作用の予見性が極めて困難なジヒドロストマイにかわつて、硫酸ストマイが再び世界的に用いられるようになつた最も大きい原因であり、ストマイ難聴の歴史は終つたとすら言われている。

なお、書証として提出された文献には、右ジヒドロストマイに関する知見が、多く含まれていることに留意されるべきである。

(二) 本件難聴が両側性進行性感音難聴である根拠について

(1) 被控訴人の聴力低下がストマイ投与前から進行していること

被控訴人は、昭和四二年ころ難聴、殊に、左耳の難聴を自覚し、飯田耳鼻咽喉科へ通院していたが、同四四年ころ、自覚的には聴力低下が止つたように感じ、同四六年ころには、自らの判断で通院を止めている。

しかし、当時、飯田医師は、被控訴人の聴力低下が進行していたからこそ、治療を中止していなかつたのであり、被控訴人は、その後も耳鳴りが持続しており、罹患していた原因不明の両側性進行性感音難聴は、本人が自覚しないまま、徐々に進行していたと見るのが経験則に合する。また、被控訴人が、聴力低下の進行に気付かなかつたのは、その進行の程度が僅かであつたことの外、左耳の聴力低下を、また低下の進んでいなかつた右耳で、補つていたことによる。

(2) 聴力低下の波及の状況

硫酸ストマイの投与により、極めて稀には聴力障害の副作用が発生するとしても、ストマイは全身投与であるから、聴力障害は両側性に現れ、また、その聴力低下は、一般的に高音部から始まり、急速に中、低音部に及ぶとされているところ、各聴力検査結果から明らかなとおり、被控訴人の聴力低下には両側性はない。また、左右両耳の聴力損失値は悪化したり、好転したりして、いわゆる波動性を示す経過をたどつており、右耳の八〇〇〇サイクルが低下してから四〇〇〇サイクルが低下するまで、四ケ月近くかかつていることなど、いずれもストマイ難聴としては、理解し得ない特徴である。

(3) 硫酸ストマイの投与中止後も聴力低下が進行していること

本件では、硫酸ストマイ投与中止後、一年はおろか、四年も更に難聴が進んでいるのであり、このことは、本件聴力障害のすべてが、進行性感音難聴であることを端的に示すものである。

2  控訴人飯塚の注意義務違背の不存在

(一) 被控訴人の病状の程度

(1) 結核医療と治療プログラムについて

一般に、医療は病状の改善、治療を目的として行われるが、その際に生じ得る可能性のある副作用については、病状の程度、危険性と副作用の発生可能性、重大性との比較衡量の観点から検討されるべきであつて、右結果のみにとらわれて、当時の病状の危険性を軽視してはならない。

結核に対する化学療法を行う場合、担当医師は治療のプログラムをたてるが、ストマイ、ヒドラジド、パスによる三者併用療法では、投与を開始し六カ月を経過してから、その後の三カ月ごとのレントゲン写真を見て、右所見がその前のレントゲン所見と比べて、安定、即ち、改善が停止(これを目標点という。)すれば、ストマイの投与を中止し、更に、残りのヒドラジド、パスによる目標点に達するまで、右二者を投与する。

従つて、通常最も早い目標点到達は、投与開始後九カ月目であり、それ以前に投与を中止した場合は、ストマイの効果が認められないまま治療を終わることとなる。

(2) 病状の程度と三者併用の必要性

本件療養所に入所した、昭和五二年一月五日当時の被控訴人の結核病巣は、新鮮かつ活動性のもので、進行の危険性の大きいものであつた。この時点では、排菌が陰性かどうかは、八週間を要する培養検査の結果が出ていないため、明らかでなかつた。

第二回の聴力検査実施時である、同年二月一九日当時は、三者併用療法を開始して五〇日足らずしか経過しておらず、まだ治療結果は現れていないと考えられた。

第二回の胸部レントゲン撮影実施時である、同年四月五日時点のレントゲン写真では、被控訴人の病巣は若干の改善を示しているが、投与開始後三カ月であるから、まだ十分なものではなく、更に三者併用療法を続行すべき病状であつた。

(二) 硫酸ストマイ投与についての医学的知見

(1) 硫酸ストマイの性質と当時の医師一般の認識

硫酸ストマイとジヒドロストマイの副作用発生における差異、殊に、聴力障害の発生機序の顕著な差異については前述のとおりである。

ストマイの使用薬剤が、ジヒドロストマイから硫酸ストマイのみにかわつたのは昭和四七年ころであり、本件当時、一般の臨床医師は、硫酸ストマイをそのような性質のもの、即ち、硫酸ストマイによる聴力障害の発生率は、ジヒドロストマイに比べて極めて少なく、投与量と副作用発生との間には、おおむね比例する関係があり、また、その投与を中止すれば、その後は聴力障害の進行は停止するものと認識していた。

(2) 硫酸ストマイの投与中止時期についての指針、知見

(ア) 日本結核病学会治療専門委員会は、結核化学療法の最近の動向を踏まえ、一般臨床家の日常診療のよりどころとすべく、昭和四九年七月、「結核化学療法に関する見解」をまとめた(乙第一一号証)。

それによると、ストマイについては、「八〇〇〇サイクル、三〇デシベル位から警戒しはじめ、二〇〇〇サイクル、三〇デシベルの会話域に至らないうちに中止することが望ましい。」とされており、硫酸ストマイでは、その投与を中止すれば、聴力低下があつても、その進行が止ることを前提とし、八〇〇〇サイクルの聴力が三〇デシベル位低下した時は、聴覚に対する副作用に警戒しつつも、使用の継続を当然のこととし、八〇〇〇と二〇〇〇の間である、四〇〇〇サイクルにおける聴力検査値が低下した時に投与を中止すれば、副作用を防ぎ得るとの考え方に立つている。

(イ) ストマイ難聴の予防的措置について、多くの症例をもとに明らかにしたのが、昭和三四年の森山静也「ストマイ難聴の初期像に関する研究」である(乙第一二号証)。

右対象となつたストマイは、ジヒドロストマイがその大部分をしめており、従つて、難聴発生の可能性が極めて少ない硫酸ストマイについて、少なくともそこに示された予防法をとれば、副作用の予防措置としては、極めて万全なものとなろう。即ち、

a 会話音域まで及ぶストマイ難聴は、ストマイ注射量が二〇グラム以内で八〇〇〇サイクル純音の聴力が三〇デシベル以上に低下する患者に起こる。故にこのような患者はストマイ注射を中止する。

b ストマイ注射量が二〇グラムを超過しても、aの事実がない患者には注射を継続して良い。その後に八〇〇〇サイクルの聴力が三〇デシベル以上に低下しても聴力損失は会話音域に拡大しない。すなわち八〇〇〇サイクルの部分的損失は語音了解を妨げないから注射を続行して良い。

c ストマイ注射開始前は既に他の原因で聴力損失があり、八〇〇〇サイクルの純音の強さ三〇デシベルで聴取できない患者に対しては、ストマイ注射二〇グラム以内で、四〇〇〇サイクルの聴力が一〇デシベル以上低下しない場合は注射を続行して良い。注射前に感音系難聴のある耳が特にストマイ中毒に弱いという事実は認められなかつた。

本件では、四月七日の検査値でも四〇〇〇サイクルの聴力が一〇〇デシベル以上低下していないから、注射を続行して良く、六月二日、四〇〇〇サイクルで初めて、一〇デシベル以上低下したので、直ちに硫酸ストマイの投与を中止したから、全く過失の生ずる余地はない。

(3) 難聴者に対して硫酸ストマイを投与した場合、通常人に対するより難聴が発生しやすいことを明らかにした医学的知見はない。

(三) 控訴人飯塚の注意義務

(1) 二月一九日時点での投与中止義務の有無

この時点で被控訴人の病状は、いまだ改善されておらず、なお活動性があつた上、喀痰の培養検査結果も出ていなかつたから、ここで三者併用療法を変更するのは、結核治療をいわば放棄することとなり、病状の進行可能性を考えれば、適切ではない。

他方聴力検査の結果は、八〇〇〇サイクルが低下しただけであつて、当時の一般的な方針、あるいは文献からも、なお投与は差し支えないといわれており、また、硫酸ストマイは、もともと聴力障害の発生率は極めて少ない上、投与を中止すれば、聴力低下があつても進行は止まるから、四〇〇〇サイクルが低下した時点で投与を中止すれば、障害が会話域に達することを未然に防ぎ得ると考えられ、被控訴人からもこの時点で、耳鳴り等の訴えは全くなかつた。

そして、このことは、当時の医学水準上も相当であつたから、控訴人飯塚の投与続行の判断には、何ら注意義務に反するところはない。

(2) 四月七日時点での投与中止義務の有無

この時点では、右耳気導四〇〇〇サイクル以下の聴力は、前回の二月一九日の検査値と比較すると、四〇〇〇サイクル及び二〇〇〇サイクルでは僅かに良くなり、左耳気導でも八〇〇〇サイクルは回復している。右耳気導二五〇サイクルでは一五デシベルの損失がある。

右変動には、高音失墜型であるストマイ難聴の特徴は全く認められず、また、被控訴人から耳鳴りの訴えもないから、この時点でストマイ難聴の副作用が認められるとはいえない。

他方、四月五日のレントゲン所見は、若干の病巣の改善を見たものの、特別に顕著な改善を見たわけではなかつたから、更にストマイを含めた三者併用療法を続行する必要があり、従つて、この時点で担当医にストマイ投与を中止すべき注意義務は存しなかつた。

(3) 五月一二日時点での投与中止義務の有無

被控訴人のカルテの、五月一〇日欄の「軽度難聴認む」との記載は、看護婦のものであつて、控訴人飯塚が二日後に問診した際、被控訴人は、ストマイ投与により頭重感がある旨訴えたにとどまり、難聴あるいは耳鳴りの訴えは全くなかつた。また、右会話に特に支障はなかつたのであるから、この時点でもストマイ投与を中止すべきであつたとはいえない。

(4) 六月二日時点での投与中止の妥当性

控訴人飯塚は、被控訴人から六月二日に初めて、一週間前より耳鳴りがある旨の訴えを聞き、直ちに聴力検査を行つた。その結果、右耳の気導値において、四〇〇〇サイクルで三五デシベルの聴力低下が認められたので、ストマイ難聴によるものか疑問を留保しながらも、この時点でストマイ投与を中止した。

同控訴人の右投与中止は、当時の医学的知見、指針に照らし、極めて妥当なものであつて、そこに何らの注意義務違背も認められない。

(5) リファンプシンあるいはエタンブトールの使用について

リファンプシンは、当時結核予防審査会の基準で、広汎空洞型の重症結核患者以外使つてはならないとされており、使用した場合は、当該薬剤のみならず、全入院費及び他の薬剤に対する治療費が、すべて保険診療の対象外となり、患者の負担を考えれば、これを使用することは不可能であつた。

また、エタンブトールについては、硫酸ストマイに比べ治療効果が格段に落ちるので、被控訴人の病状の程度に照らし、使用するのは適当でなかつた。

従つて、控訴人飯塚が右時点までに右各薬剤を使用しなかつたことは、医師の裁量として誤りはなかつたというべきである。

3  損害算定における割合的認定の必要性

仮に、控訴人飯塚に義務違反があるとしても、右ストマイ投与上の過失は極めて軽微であること、一方、被控訴人には聴力障害があり、これが進行していた蓋然性があるから、右特異素因により発生、拡大した結果、ひいては損害については、公平の観点から右寄与度を考慮し、損害額の算定につき斟酌するのが相当である。

また、投与開始から投与を中止すべしとされる時期までは、適法な薬物投与であり、これにより障害の結果が発生し、他の障害を誘発しているとしても、右は適法な処置に必然とされる副作用として、患者において受忍すべきものである。従つて、損害の範囲は、中止すべき時期以降の投与量に基づく、障害の限度に止まるものであつて、右割合的な考慮がなされるべきである。

(被控訴人)

被控訴人は、控訴人らの主張を全面的に争うものであるが、その具体的な反論は、以下に述べるとおりである。

1  被控訴人の既応難聴の進行の有無

被控訴人は、昭和四二年ころ聴力に異常を感じ、自ら飯田耳鼻咽喉科の診察を求め、治療を受けていたが、約二年程で両耳の聴力低下の進行が止まり、以後、約二年間通院するも聴力が一定しているので、自らの判断で右通院を打切つた。もし、昭和四四年以降も進行を続けていたとすれば、そのことは飯田院師のオーディオ検査によつて、被控訴人に告げられるべきであろうし、これを告げられた被控訴人が、悪化の状態を放置して勝手に通院を止めてしまつたこととなるが、それこそ、経験則に反する主張である。

また、既応の難聴が、両側性進行性感音難聴であつたとしても、余りにも長期にわたつて進行を続けていたこととなり、右悪化の継続とは考え離い(乙第一五号証)。

2  本件ストマイ投与と、被控訴人の聴力障害の進行との因果関係

(一) 硫酸ストマイ難聴は高音域にまず発現する点に特徴があるところ、本件では、硫酸ストマイ投与開始後四四日目に八〇〇〇サイクルという高音域で右耳気導聴力が三五デシベル低下している。

(二) 本件では、硫酸ストマイ一三グラム、同四二グラムの各投与時期に、八〇〇〇サイクル、四〇〇〇サイクルの聴力がそれぞれ低下しているが、右ストマイ投与量と聴力低下時期との関係が、ストマイ難聴の症例と一致している。

(三) 硫酸ストマイ投与量二〇グラム以内で聴力障害が発現すると、ほぼ全例につき頑固な耳鳴りが発生する。本件においても、硫酸ストマイ投与中にそれまで一度も経験したことのない、ロック音楽が鳴り響くような大きな耳鳴りが発生し、同耳鳴りは、以後も継続した。

(四) 本件における聴力低下の波及状況は、測定誤差を考慮にいれれば、順次概ね高音急墜型から高音漸傾型、水平型へと、ストマイ難聴の典型的進行をしている。

(五) 被控訴人の既応難聴は、本件ストマイ投与直後までの七年余の間、進行しておらず、同難聴が再び進行を始める兆候は、全くみられなかつた。にもかかわらず、右ストマイ投与直後、突然に聴力の低下が開始した。

(六) 控訴人らの主張するように、既応難聴が原因不明の両側性進行性感音難聴であり、本件ストマイ投与後の聴力障害も右に基因すると仮定した場合、同難聴は、被控訴人が満一五才(昭和四二年)から満二八才(昭和五四〜五年)までの一二〜一三年間もの長期間進行し、しかも、右耳八〇〇〇サイクルにおいて四五日間に三五デシベル、右耳四〇〇〇サイクルにおいて五六日間に三五デシベルと、高音部の聴力が急墜したことになる。しかしながら、右両側性進行性感音難聴においては、六年を超えて進行した症例はなく、また、妊娠及び分娩がなければ二〇才代には悪化せず、聴力低下の平均進行速度も、一カ月当り約一デルベルと緩かであり、二カ月に満たない短期間に高音部で三五デルベルもの急墜はしない。

以上の各事実を総合的に検討するならば、本件ストマイ投与と同投与後の聴力障害の進行との間には、最高裁判決のいうところの、原因と結果の発生という関係を容易に是認し得る、高度の蓋然性の証明は尽くされている。

3  硫酸ストマイの特性について

控訴人らは、硫酸ストマイとジヒドロストマイとでは、難聴が発症する機構が全く異なり、硫酸ストマイを原因とする難聴は一過性であり、投与を中止すれば聴力低下は回復すると主張する。

しかしながら、両者はいずれもアミノ配糖体系抗生物質であるが、その発症する確率はともかくとして、難聴が発生する機序は、ともに内耳の有毛細胞を破壊する点で同一であり、また、同機序の故に難聴が不可逆的である点も同様なのである(甲第五号証)。

また、アミノ配糖体系抗生物質による聴力障害は、ほとんど常に検査音の最高周波数に始まり、そこから低い周波数域に向つて拡大してゆくことが明らかである(乙第一六号証)。

即ち、最近刊行された右両文献が、硫酸ストマイ及びジヒドロストマイによる難聴発症のメカニズムの同一性を記述しており、それ以前に発表された文献(乙第一二号証)においても、ジヒドロストマイ、複合ストマイ、硫酸ストマイの筋肉注射による難聴者を区別せず、回復の可能性に差異がない旨の報告がされている。

以上からすれば、控訴人ら主張の文献上の根拠である、乙第一三号証の硫酸ストマイに関する記述部分は、信用に値すべき科学性を有していないことが明白である。

4  治療の経過及び既応難聴について

被控訴人の入院当時の結核の程度は、空洞もなく病変の範囲も狭い、Ⅲ1型に当たる軽症のものであるから、病状が活動的で進行性であり、強力な初回治療を行う必要があつたとする控訴人らの主張は、自己を正当化するためのものに過ぎない。

その上、喀痰検査は塗抹陰性であつたから、必ずしも三者併用療法を必要とするわけではなく、二剤併用あるいは、ヒドラジド単独療法を行つても良かつたのである(甲第一八号証、同第二六号証)。

以上要するに、被控訴人は、聴力障害という副作用の危険性がある硫酸ストマイを、敢えて使用しなければならないような病状になかつたことは明白である。

また、リファンピシンも、昭和四六年九月、結核予防法に採用され、当時、結核患者の初回治療中、最も多く行われていた化学療法の薬剤として、挙げられている(甲第二七号証、同第二九号証)。

なお、被控訴人の即応難聴の程度は、三分法によれば三〇デシベルを超え、社会生活に支障をきたす高度の難聴者に該当し、医師として、これ以上少しでも悪化させることは許されない程度のものであつたから、このような被控訴人に硫酸ストマイを投与した医師の責任は重い。

5  昭和五二年における硫酸ストマイ副作用の知見について

控訴人らは、硫酸ストマイ投与に関する当時の知見として、二つの文献(乙第一一号証、同第一二号証)を挙げるが、控訴人飯塚が被控訴人に行つた処置は、これに従つたものでは決してない。

即ち、同控訴人は、副作用のための脱落を防いで、必要な期間の治療を完遂するために、慎重な薬剤の選択が、行われなければならないのに、極めて安易に三者併用を決定し、また、副作用のために治療の継続が不能になつたり、不可逆性の障害を残すことのないように、細心の注意が必要であり、そのためには、薬剤を慎重に選択し、用量を注意深く加減することは勿論、治療中、自覚的ならびに他覚的症状の出現に注意し、副作用の早期発見に努めなければならないとされているのに、被控訴人の既応の聴力障害を軽視し、能書の注意を無視して硫酸ストマイの投与を行い、右投与中、初めの三カ月は毎月しなければならない、オージオメーターによる検査も実施していないのである。

6  医療行為における注意義務について

医療行為において、医師に高度の注意義務が要求される理由は、医療行為が、人の生命及び身体という生存の根本にかかわるものであつて、医療行為における、医師の些細な不注意によつて、患者は、本件における被控訴人のように、聴力を奪われたり、運動能力、さらには生命すら奪われることがあるからである。

本件にあつては、医師である控訴人飯塚は、被控訴人に対し、硫酸ストマイを含めた抗結核剤の三者投与か、肺結核そのものの改善には効果があるとしても、その投与により、聴力の損失という重大な副作用発現の危険があるときは、右三者投与が肺結核の治療目的に照らして避けることができない場合、即ち、右治療以外には治療効果の期待ができない場合を除いては、使用を差し控える、あるいは使用を中止するという点につき、高度の注意義務が要求されるのである。

そして、当時、難聴の権威である立木氏が、硫酸ストマイ必ずしも絶対に安全なものではなく、烈しい聴器障害発生の可能性を内蔵しているという点では、なお残された問題が少なくない、右毒作用の本質は、また充分にわかつたとは言えない、それは今後長い時間をかけてでも、着実に解明していかなければならない重大な問題である旨(乙第一三号証)述べてから一五年を経過していたが、未だ、硫酸ストマイの聴器に関する毒作用の本質が、解明された事実は存しなかつたし、ましてや、使用量がどれ程であれば、絶対に聴力障害が起こらないとの研究発表がなされた事実もなかつたのである。

しかるに、控訴人飯塚は、硫酸ストマイでは聴力障害は生じないとの誤つた思い込みにより、被控訴人の聴力を奪つたのである。

なお、被控訴人以外にも、硫酸ストマイ投与により聴力障害を起こした例が多く存し、患者から明石市に対し、損害賠償請求訴訟も提起されている(甲第一三号証、同第二八号証、同第二九号証)。

三  証拠<省略>

理由

一原判決理由一項(当事者)及び二項(診療契約の締結と診療行為)に説示するところは、当裁判所の判断と同じであるのでこれを引用する。

二被控訴人の右入院時における難聴の程度と進行性の有無

(一)  <証拠>によれば、被控訴人は、昭和四一年ころまでは両耳とも何の異常もなかつたが、中学三年の同四二年ころから、体が疲れた時に耳鳴りが起るようになり、それに伴つて両耳、特に左耳の聴えが悪くなつたこと、被控訴人は、当時、飯田耳鼻咽喉科で通院治療を受けたが、原因がつかめなかつたためか、飯田医師からは病名等の説明がなかつたこと、昭和四四年ころには右聴力の低下が止つたが、疲労時には、なお耳鳴りが起るため、引続き通院治療を受けていたところ、同四六年ころに同医師から、難聴の進行は止つているとして、強いて治療を続けなくても良い趣旨を告げられ、被控訴人はそのころ右通院を止めたこと、その後、右聴力は、それ以上悪くなる様子もなく、日常会話において、特に声の低い人や、声の小さい人と話をする際に聴きとりにくい程度で、格別不自由を感じることはなかつたこと、被控訴人は、時々自己の聴力を調べるため、懐中時計の音を聴いてみたが、左耳ではかすかにしか聴こえないものの、右耳では正常に聴えていたこと、昭和五二年一月六日付加古川病院での第一回聴力検査によれば、被控訴人の気導聴力損失値は、五〇〇、一〇〇〇、二〇〇〇、四〇〇〇、八〇〇〇の各サイクルにつき、右耳はそれぞれ五〇、四〇、二〇、一〇及び四五デシベル、左耳はそれぞれ六五、七〇、六〇、六五及び八〇デシベルであつたことが認められ、原審及び当審における証人三好豊二の各証言中、被控訴人の右難聴は、前記治療打切り後、思春期から順次進行してきたとする趣旨の部分は、当時、被控訴人の聴力障害の診療に関りのない、同証人の全くの推測に過ぎないものであつて、にわかに信用し難いところであり、他に右認定を左右するに足る証拠もない。

更に、<証拠>によれば、難聴には、音のエネルギーを外耳から内耳まで伝える伝音系に障害のある伝音難聴と、内耳から聴覚の中枢に至る感音系に障害のある感音難聴があるところ、被控訴人の右難聴は、有毛細胞に障害のある、原因不明の感音難聴と考えられること(被控訴人の聴力検査結果では、後記認定のとおり、左耳のみ、骨導聴力損失値より気導聴力損失値が高い傾向のものがあり、右差異は、左耳に伝音難聴の併存を疑わせるけれども、大阪大学附属病院での、より詳細な検査結果によれば、伝音系の障害は否定されて、感音難聴のみと診断され、従つて、右骨導聴力損失値の低い値は、聴力の悪い側の耳に入つた音を、他側の良聴耳で聴いてしまう陰影聴取の影響によるものであるから、除外すべきである。)、会話時の音の強さは、ささやき声が一〇ないし二〇デシベル、静かな会話が二〇ないし三〇デシベル、普通の会話が四〇ないし五〇デシベルであり、主要言語周波数帯域は五〇〇ないし二〇〇〇サイクルであるから、右日常会話域で三〇デシベル以上の難聴があると、日常生活が不自由となり、社会生活に支障をきたすこと、オージオメーターでは、測定誤差により一五デシベルまでは正常範囲とされるところ、難聴の程度は一般に、三〇、六〇、九〇デシベルで分けて、上から順次、軽度、中等度、高度難聴及び聾と呼ぶこと、難聴を表示する方法としては、右五〇〇、一〇〇〇、二〇〇〇サイクルの話声域の平均聴力損失値が用いられ、単純平均をとる三分法と、より重要な一〇〇〇サイクルの聴力損失値を二倍し、その和を四分する四分法(耳鼻科で使用)とがあること、被控訴人の前記第一回聴力検査の聴力損失値により四分法で計算すると、右耳は37.5デシベルで前記中等度の難聴に当たり、一般的には日常生活上不便を感ずる程度に至つているものであり、左耳は66.25デシベルで前記高度難聴に当たり、日常生活では使えない状態にあつたこと、このような聴力像の被控訴人が、当時職業に就き、日常会話で余り支障がなかつたのは、耳鼻科専門医の目からは非常に不思議であるけれども、ただ、勘の善し悪しや難聴に対する慣れ等により、個人差があることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで、以上の認定事実によつて検討するに、被控訴人の入院時の難聴の程度は、左耳は高度難聴であつて、日常会話が全く聴えない状態にあり、右耳も中等度の難聴であつて、やや聴えにくい筈であり、従つて、通常は日常生活上不便を感ずる状態であつたけれども、被控訴人が年が若く、勘の良さや難聴に対する慣れなどで右耳の聴力の不足を補い、外見上支障のない程度に社会生活を送り得ていたものであり、さすればこそ、後記認定の、被控訴人が入院時に主治医に対し、ストマイを打つてこれ以上耳が悪くなると困る旨、わざわざ念を押した事情が頷けるところである。

また、右難聴が進行中であつたか否かの点については、前掲被控訴人の第一回検査時の聴力像と、前記認定の従前の難聴の程度との間に、著しい齟齬があるとも言い得ないものであり、<証拠>によれば、原因不明の両側性感音難聴を長期間観察すると、殆ど聴力に変化を示さないものが大部分であり(但し、その場合も年一ないし1.5デシベル程度の僅かな難聴の進行はある。)、進行例は全例が観察期間六年内に進行を開始していて、右期間経過後に開始した観察例を認めず、右進行例の基本的聴力型は高音漸傾型であること、及び原因不明の進行性感音難聴の初診時年令には、〇才ないし一〇才代と、三〇才ないし六〇才代に二つのピークが認められるが、右若年のピークに含まれるものは、一〇才代後半までにはかなり難聴が進行していて、これらの症例が中高年令の群に移行するとは考えられないので、この二つの群は、それぞれ異なつた原因により起つたものと考えられるとの研究成果が認められるところ、被控訴人の原因不明の感音難聴は、被控訴人が進行の停止を自覚してから、右六年を既に経過していたものであり、被控訴人は当時二〇才代の半ばに達し、また、原因不明の感音難聴は非進行性のものが大部分であるとの右事実を合わせ考えれば、前掲僅かな難聴の進行分は別として、被控訴人の右両側性感音難聴(但し、左耳の難聴の程度が、より著しい。)が進行性であつたとは解し得ない。

三硫酸ストマイ投与と被控訴人の聴力障害増強との因果関係

1  硫酸ストマイの副作用及び右知見

(一)  <証拠>を総合すると、硫酸ストマイ、ジヒドロストマイ、カナマイシン等のアミノ配糖体抗生物質は、程度の差はあつても、基本的に聴器毒性を有するものであること、内耳には、その一部に前庭器(平衡感覚)があるため、その両者がともに障害を受けることが少なくないが、硫酸ストマイは前庭器に対し、ジヒドロストマイは聴覚器に対し、それぞれより強い親和性を持つため、右各器官に対してより強く作用すること、アミノ配糖体抗生物質による聴覚障害は、右物質が内耳液に移行して蓄積され、内耳の感覚細胞である、外有毛細胞から内有毛細胞へ向つて障害が進み、従つて、先ず高音域に聴覚障害が起つて、高音急墜型の聴力低下となり、順次、中、低音域へ及び、高音漸傾型から水平型になつて、やがて聾へと移行していくこと、破壊された有毛細胞は再生されないため、右聴覚障害は不可逆的となり、また、薬剤投与中止後にも聴覚障害が進行する例があること、硫酸ストマイの聴覚障害発生の頻度について、少ないもので0.5パーセント、多いもので一〇パーセント(ジヒドロストマイのそれは四パーセントから三一パーセント)とする内外の研究報告及びこれらを紹介する南江堂発行内科シリーズ中の「肺結核症のすべて」(昭和四七年)、文光堂発行の「抗結核剤の副作用」(昭和四四年)などの医学文献も、当時までに数多く発表されていたこと、一方、聴力障害者に対するストマイ投与の影響に関しては、向野興雄・末吉重彦の、一六才から六五才までの聴力正常者一四三名と高音域障碍者八四名につき、主としてジヒドロストマイ、複合ストマイ及びその両者の投与で、前者の障碍発現例が31.5パーセント、後者の障碍増強例が33.3パーセントで、不変例と聴力等(耳鳴を含む)の障碍発現例との間に有意の差異は認められないとするもの(但し、加齢による影響を排除するため、後記久野論文に合せ、右合計二二七名のうち、五〇才以下の者二一七名で比較すると、前者で31.5パーセント、後者で36.5パーセントとなり、更に、その内、耳鳴のみの発現、増進例を除き、聴力障碍及びこれに耳鳴が加わつた発現、増進例で比較すると、前者で14.7パーセント、後者で18.6パーセントとなる。)、森山静也の、一一才から六五才までの聴力正常者一九四名と高音障害者(感音障害)二一名について、ジヒドロストマイ、硫酸ストマイ外の投与で、難聴者の発現頻度が、前者で7.7パーセント、後者で9.5パーセントで、殆ど変わらないとする研究報告(但し、右については年令別の記載がないので、前記計算は不可、なお、以上の論文発表はいずれも昭和三四年)があるものの、久野周一(結核予防会結核研究所)は、複合ストマイのみ、及び硫酸ストマイ、ジヒドロストマイ、複合ストマイのいずれか単独、または混合使用(種類不明と表示)の入院患者一〇七二名に対する、聴力変化の統計的観察の研究報告(昭和三三年)の中で、五〇才以下の複合ストマイ投与者につき、投与前聴力正常者では、投与量四〇グラム以下での聴力低下者はなく、四一グラム以上では、三〇五名中七名で、2.3パーセントの低下者があつた、投与前伝音性難聴を思わせる障害者では、投与量四〇グラム以下では、七一名中一名で1.4パーセント、四一グラム以上では七五名中一名で、1.3パーセントが低下しているが、聴力正常者に比し差は認められない、しかるに、投与前より両側の高音域を含む気・骨導の低下者では、投与量四〇グラム以下では、一六名中一名で6.2パーセント、四一グラム以上では、一五名中二名で13.3パーセントが低下し、有意差にはならぬが、低下者の出現頻度が大きくなつている、特に四一グラム以上の場合に、その差は五パーセントの危険率の水準に極めて接近しており、更に例数を増せば有意差になろうと考えられる旨記述していること、医学文献(前記「抗結核剤の副作用」及び昭和五〇年武田薬品工業株式会社医薬事業部・学術情報室発行の「薬剤による副作用」)でも、硫酸ストマイ及びストマイ一般の副作用の記述で、右久野論文を引用し、使用前に感音性障害があつた者からは、かなり高率に聴力障害が発生するとして、使用前の聴力検査の必要性を強調しており、また、製薬会社資科でも、硫酸ストマイの副作用として、めまい、耳鳴、難聴などの第8脳神経障害(主として前庭機能障害)を挙げ、経過・処置として、投与を中止する、難聴者には禁忌とされ、これらの副作用情報(昭和五一年株式会社薬業時報社発行の「新薬の副作用と処置」)が公刊されており、以上はいずれも、本件投与以前に公表されていたこと、右時点以後ではあるが、硫酸ストマイの能書に、次の患者には投与を避けることが望ましいが、やむをえず投与する必要がある場合には慎重に投与することとして、本人またはその血族がストマイ難聴またはその他の難聴者である場合を挙げ、使用上の注意に掲記していること、また、一九八二年日本工業技術連盟発行の「薬学大事典」でも、硫酸ストマイの禁忌として、ストマイ難聴またはその他の難聴者と記載されていることがそれぞれ認められる。

(二)  ところで、<証拠>によれば、立木孝は、医学雑誌中の「ストマイ難聴の史的展望」と題する論説(昭和四六年)及び「薬剤と聴覚障害」と題する講演(昭和五六年)において、戦後の大量投与によるストマイ難聴の発生と、硫酸ストマイからジヒドロストマイ、複合ストマイ(両者を等量混合)を経て、再度、硫酸ストマイが使用されるに至つた歴史に触れ、ジヒドロストマイに比し、硫酸ストマイが、前庭機能障害は強いが、聴覚障害は弱く、右聴覚障害も、前記大量投与の際に発生し、少量投与では稀であり、投薬を中止すると回復する場合が少なくないとして、今日、硫酸ストマイによる聴覚障害は稀であり、発現しても回復が可能な軽いものである趣旨を、強調して説いていることが認められる。

しかしながら、両者に引用されている研究成果は、いずれも硫酸ストマイの聴覚障害例を〇とするもののみであつて(一九五一年、一九五三年発表で、いずれも外国のもの)、何故か、前掲多くの研究成果が無視されているのであり、立木自身、前掲論説のむすびにおいて、硫酸ストマイ必ずしも絶対に安全なものではなく、烈しい聴器障害発生の可能性を内蔵しているという点では、なお残された問題は少なくない、ストマイの聴器に対する毒作用の本質はまだ充分にわかつたとは言えない、それは今後長い時間をかけてでも、着実に解明していかなければならない重大な問題である旨付加しており、これは前掲アミノ配糖体抗生物質の説示とも合致する、妥当なものであるが、その後に右解明が果された事実を認め得ないのである。

また、<証拠>によれば、厚生省薬務局所管の「医薬品副作用モニター報告概要」には、昭和四九年三月以前の分について、ストマイの副作用報告として、耳鳴、聴力低下、聴力障害の掲記があるが、その後は、硫酸ストマイにつき、昭和四九年度に鼓膜圧迫感、同五〇年度に耳鳴の報告があるのみで、以後、聴覚障害の副作用報告は一切ないことが認められるけれども、同証言によれば、右はモニター病院を対象としたものであり、しかも、特別酷いもの以外は報告されていない実情にあることが認められるから、以上の書証並びに原審及び当審証人三好豊二の各証言中、これに沿う部分はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠も存在しない。

(三)  控訴人らは、硫酸ストマイは、ジヒドロストマイに比し、聴力障害の発生率が極めて少なく、投与量と副作用発生との間には、おおむね比例する関係があり、投与を中止すれば、聴力障害の進行は停止し、従つて、当時の医学的知見は右のとおりであり、難聴者について、より高率に聴力障害が発生するとの医学的知見もなかつた旨主張する。

(1) 前掲立木論文等に触れられているように、戦後の大量投与に始まり、硫酸ストマイからジヒドロストマイ、複合ストマイへと変遷する間に、多くのストマイ難聴者を発生させたことは事実であり、従つて、ストマイ難聴に関する研究報告が、この時期に集中しているのも、前記にみるとおりで、当然と言える。

しかして、控訴人らが右主張の根拠とする立木論文は、硫酸ストマイの聴覚障害が稀で、かつ軽症であることを強調しているけれども、引用する研究成果に偏頗があるなど、措信できないことは前記説示のとおりである。そして、立木論文以外に、右見解を採る研究報告、医学文献等を見出し得ないのであるから、当時の結核専門医にとり、これが一般的な知見であつたとは到底解し得ない(右講演は本件投与後である。)。

かえつて、前記硫酸ストマイ、ジヒドロストマイ等が混用されていた時代にも、硫酸ストマイの聴覚障害の発生頻度を一〇パーセントから0.5パーセントとする内外の研究報告が数多く発表されていることは、前記認定のとおりであり、前掲甲第二八、第二九号証によれば、間欠法等、投薬管理がより厳格になつている筈の昭和四九、五〇年に至つても、なお硫酸ストマイによる聴覚障害が、相も変わらず発生していることが認められるのである。

だからこそ、前記認定のとおり、当時の各医学文献も以上の研究報告を紹介し、硫酸ストマイは、前庭機能障害の副作用が強いけれども、同じアミノ配糖体抗生物質の聴器毒性により、ジヒドロストマイに比し出現頻度こそ低いが、聴力障害を伴うことを注意していたものであり、製薬会社資料でも、硫酸ストマイの副作用として、難聴が掲記されていたのである。

従つて、本件硫酸ストマイ投与当時の医学的知見が、以上のようなものであつた事実を優に肯認できる。

(2) 次に、投与前感音難聴のある者に対する、硫酸ストマイ投与の影響については、前掲医学文献に多く引用されている久野論文は勿論として、有意の差異は認められないとする向野・末吉論文についても、加齢による影響を排除するため、五〇才以下の、しかも、聴力障碍発現増進例に限つて比較すると、聴力正常者で14.7パーセント、高音域障碍者で18.6パーセントとなつて、むしろ右差異が明らかとなるものであり、森山論文についても、右傾向は窺えるのであるから、少なくとも、右事実を積極的に否定する証拠とはならないのである。

なお、前記向野・末吉論文の発表された同一医学雑誌「耳鼻と臨床」(六巻一号、乙第一七号証)で、同時に発表されている右向野を含む四名の共同研究報告にも、その総括部分に、ストマイ療法実施前聴力正常であつたものと、高音域障碍既存例との間には、ストマイによると考えられる聴力障碍の発現率には、差異を認めないとの記述が加えられているが、右論文には、右内容の説明は一切なく、当裁判所が、向野・末吉論文の同様の結論につき、検討を加えた前記説示を合せ考えれば、右総括部分は信用し難い。

また、久野論文は、複合ストマイに関するものではあるけれども、その半量は硫酸ストマイであり、しかも、ジヒドロストマイ、硫酸ストマイの両者は、同じアミノ配糖体抗生物質の聴器毒性により、程度の違いはあつても同様の聴力障害を伴うこと、前記のとおりであるから、右研究成果は、硫酸ストマイ投与の場合にも、充分類推が可能な筈である。

右各医学文献も同じ見解に立ち、硫酸ストマイ、あるいはストマイ一般につき、右論文を引用して、使用前に感音性障害がある者につき、より高率の聴力障害が発生する危険性を明記したものであり、同様の立場にたつて、製薬会社資料でも、硫酸ストマイが難聴者に禁忌とされ、右副作用情報が公刊されていたのであり、前掲以外にこれを否定する見解の医学文献等を認め得ないから、本件投与当時、右医学的知見の存在も肯定できるものである。そして、右知見は、経験則上からも肯認できる妥当なものと言える。

以上のとおりであるから、この点に関する控訴人らの主張はいずれも理由がない。

2  本件硫酸ストマイ投与と聴力障害の増強

(一)  <証拠>を総合すると、被控訴人は、入院時の問診で控訴人飯塚から、ストマイ、パス、ヒドラジドの三者併用療法による治療の説明を受けたので、耳の聴えが悪く、時々耳鳴りもするので、ストマイを打つてこれ以上悪くなつては困ると訴えたが、同控訴人は、耳鳴りが大きくなつたら打つのを止めたら良いので心配はない旨答えたこと、前掲第一回の聴力検査を経て、昭和五二年一月七日から被控訴人に対し、週二回、一回一グラム宛、硫酸ストマイの筋肉注射を行つたが、第一回から四四日目、二月一九日の第二回聴力検査(当時までの硫酸ストマイ投与量合計一三グラム)の結果、聴力の残つている右耳が、八〇〇〇サイクルで四五デシベルから八〇デシベルへと、三五デシベルも気導聴力損失値が急墜しているのが認められたこと、従つて、当然、硫酸ストマイの聴覚への影響が窺われたが、同控訴人は、更に四七日目の、四月七日付第三回の検査結果(右投与量合計二六グラム)と共に、会話域への影響は未だ無いとして、右注射を続行したこと、被控訴人は、五月末ころ突然大きな耳鳴りが始まり、人の声も急に聴きにくくなつたため、主治医に聴力検査を申入れ、その結果行なわれた更に五六日目の、六月二日付第四回の右検査(右投与量合計四二グラム)では、引続き右耳の四〇〇〇サイクルでも、一〇デシベルから四五デシベルへと、三五デシベルの急墜が認められたこと、同控訴人は、なお少なくとも九月までの、硫酸ストマイ注射の続行を勧めたけれども、被控訴人がこれに応じなかつたので、右投与を中止して、パス、ヒドラジド、エタンブトールの三者併用療法に切替えたこと、被控訴人は、同年七月一一日退院して同五四年六月まで通院治療し、また、同五二年六月から同五五年八月まで、大阪大学附属病院で耳鼻科の治療をしたが、両耳とも聴力障害が増強し、特に聴えていた右耳の聴力低下が著しく、同年九月全聾により、身体障害者第四級の認定を受けたこと、昭和五六年一〇月二七日の明石市立市民病院での診断では、平均気導聴力損失値が右耳八五デシベル、左耳八〇デシベルで、病名は両感音難聴であり、被控訴人は、頭痛と大きな耳鳴りにも苦しめられていること、なお、これまでの聴力検査結果は、原判決別表一、二のとおり(但し、昭和五二年一月六日から同年六月二日までの四回は加古川病院、同月八日から昭和五五年八月五日までの一二回は大阪大学附属病院、昭和五六年九月二日は明石市立市民病院でそれぞれ検査したもの)であることが認められ、原審第一回の控訴人飯塚本人尋問の結果中、以上の認定に反する部分は信用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  以上の認定事実によつて検討するに、被控訴人の右聴力障害増強の推移(以下いずれも気導聴力損失値を示す。)は、右耳につき、昭和五二年一月六日の本件投与前の聴力像が、一〇〇〇サイクル以下の中、低音部と、八〇〇〇サイクルの高音部が四〇ないし五〇デシベル低下しているのに対し、中間の二〇〇〇サイクルで二〇デシベル、四〇〇〇サイクルで一〇デシベルの僅かに低下した(しかも、前掲一五デシベルまでは測定誤差の範囲である。)山型の特徴を有するものであるところ、四四日後の、硫酸ストマイを一三グラム投与した二月一九日の検査結果では、右八〇〇〇サイクルのみ、四五デシベルから八〇デシベルまで三五デシベル急墜し(なお、以下測定誤差内での、右数値の上り下り自体を問題にすることは、全く意味がないから、ここでは取上げない。また、昭和五二年六月八日の大阪大学附属病院での第一回の検査結果は、その僅か六日前の、加古川病院の六月二日付検査結果に比し、一部で二〇ないし三〇デシベルもの聴力回復の数値となつているけれども、原審証人三好豊二の証言及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人において、検査場所等が変つたため、誤聴のあつた事情が窺われるので、右検査結果を除外する。)、投与開始後一四六日目、合計四二グラムを投与した六月二日の検査結果では、次の四〇〇〇サイクルで四五デシベルへ、前回及び当初の検査結果より、三五デシベル急墜し、その約一カ月後の、七月一二日の検査結果では、更に、次の二〇〇〇サイクルの日常会話域へも及んで、前回検査結果の二〇デシベルから四五デシベルへ、二五デシベル低下して、高音急墜型から高音漸傾型への移行が認められる。更に、同年九月二〇日の検査結果では、一〇〇〇サイクル以下でも、本件投与前の検査結果に比し、順次、一五ないし二五デシベルの聴力低下が進んでおり、その後、測定誤差の範囲内での上下はあるものの、いずれも四〇〇〇サイクル以下について、同五三年九月一九日の検査結果では、六〇ないし六五デシベルへ、同五四年九月二一日の検査結果では、六五ないし七五デシベルへ、同五五年八月五日の検査結果では、七〇ないし八〇デシベルへと、その後も、順次、各周波数域で聴力障害が増強し(八〇〇〇サイクルはいずれも、八〇デシベル以上の聴力損失値)、結局、水平型で聾に近い高度難聴の聴力像に進んでいる。

本件投与前、既に高度難聴の左耳については、前記昭和五二年一月六日の検査結果による聴力像は、二五〇サイクルで五五デシベルを上に、八〇〇〇サイクルで八〇デシベルを下にして、その間に、一〇〇〇サイクルで七〇デシベルを底とし、二〇〇〇サイクルで六〇デシベルを山とする波形状の特徴を有するものであるが、前記右耳の八〇〇〇及び四〇〇〇サイクルでそれぞれ高音急墜のあつた、同年二月一九日及び同年六月二日の各検査結果では、測定誤差である上下一五デシベルを超える数値の変動は認められない。右変動があるのは、同年七月一二日の検査結果であつて、二五〇サイクルは七五デシベルでスケールアウト(オージオメータの出しうる最大のレベルで聴えないこと)で、五〇〇サイクルでも、本件投与前の結果より二〇デシベル低下して、八五デジベルとなり、更に、八〇〇〇サイクルでも八五デシベルでスケールアウトしているが、右検査時点では、前掲右耳でも、二〇〇〇サイクルに二五デシベルの聴力低下が及んでいる(なお、六月八日の検査結果を除外するのは、前記説示のとおりである。)。その後は、測定誤差内の上下の変動を経て、いずれも四〇〇〇サイクル以下について、昭和五四年九月二一日の検査結果では、七〇ないし七五デシベルへ、同五五年八月五日の検査結果では、七五ないし八〇デシベルへと(なお、八〇〇〇サイクルについては、いずれも八五デシベルでスケールアウト)、右耳に比し、既に高度難聴があるので、増強の程度こそ低いけれども、水平型でほぼ同程度の、高度の聴力障害像に達している。

(三)  被控訴人の本件投与前の原因不明の感音難聴は、前掲説示のとおり、非進行性のものであり、右難聴は、前示非進行性のものが大部分であつて、被控訴人の当時の年齢、及び既に長期間に亙つて進行を停止していたことなどに鑑み、容易に進行を開始するものとは考えにくいところ、右耳につき、本件硫酸ストマイ投与開始後四三日目、投与量一三グラムで、先ず、高音部の八〇〇〇サイクルで三五デシベル急墜して、高音部急墜型となり、投与後一四六日目、投与量四三グラムで、次の四〇〇〇サイクルでも、三五デシベル急墜し、その約一カ月後には、二〇〇〇サイクルで二五デシベル低下して、高音漸傾型となり、その後、聴力障害が中、低音部に及んで、水平型へ向う前記聴力低下の推移は、前述の硫酸ストマイを含むアミノ配糖体抗生物質の聴力障害進行の経過と、まさに合致しているものである。

左耳については、高音部から低音部までの全周波数域に高度の難聴があり(特に八〇〇〇サイクルは八〇デシベルで、最も悪い。)、投与前の聴力像も、前記波形状の特殊なものであるが、このような難聴者の聴力像に、別個の成因による聴力障害が加わつた場合、両者の障害が混合して、種々修飾された聴力像を呈するであろうから、前述の特徴を追うこと自体、困難ではあるけれども、前記右耳で二〇〇〇サイクルの中音部に聴力低下が及んだ時点で、これに対応するように、左耳の二五〇及び五〇〇サイクルの低音部で、測定誤差を超える聴力障害が発現し、その後は、同様の時間的経過で聴力障害が増強し、右耳と同様水平型の、更に高度の難聴となつた推移は、少なくとも、右障害の増強が一側性ではなく、同一の成因による可能性を示すものと言える。

以上、本件硫酸ストマイの投与と聴力障害の増強発現との密接な関連、聴力像上で右増強の経過を辿れる右耳につき、硫酸ストマイを含むアミノ配糖体抗生物質の聴力障害進行の経過と良く合致すること、及び左耳の聴力障害増強についても、同一の成因の可能性が肯定され、右増強が両側性であることを勘案すれば、被控訴人の聴力障害の増強は、本件硫酸ストマイの投与によつて発現したことを、優に肯定し得るものである(なお、右発現までの投与量は一三グラムに過ぎないが、前掲各研究報告によれば、一〇グラム以下の投与量でも、ストマイによる聴力障害を発症した多くの例数が掲記されており、特に、感音性障害者では、より高率に聴力障害が発生する可能性があること、前述のとおりであつて、これは、右障害者が、ストマイ等の耳毒性薬物により敏感であることを示すものであるから、右発現の可能性は、十分肯定できる。)。

(四)  そこで、被控訴人の右聴力障害の増強が、本件投与中止後三年以上もの長期に亙つて継続している点についても検討を加える。

前掲甲第五号証及び前記認定事実によれば、アミノ配糖体抗生物質は、もともと内耳液に移行しにくいものであるが、一旦移行すると排泄されにくく、右物質が内耳液内に蓄積されるため、投与中止後も聴力障害が進行することが認められるのであつて、被控訴人のように、投与前既に高度の、しかも、右アミノ配糖体による障害部位と同じ、有毛細胞に障害のある感音難聴者に、四二グラムの硫酸ストマイの投与があつて、右障害が増強している場合に、右投与を中止したからと言つて、容易にその影響が排除されるものとは考えられず、むしろ、投与前に聴力正常であつた者の場合に比し、より長期に亙つて障害の増強が持続するであろうことは、推測するに難くない。

事実、前記説示のとおり、特に、聴力像上その推移を辿ることが可能な右耳につき、投与中止後も中音の聴力が低下して高音急墜型から高音漸傾型へ移行し、その後、右低下が低音部へ及び、更に水平型への移行を示唆する聴力障害増強の経過は、投与前の右障害の推移とも明らかに異なり、アミノ配糖体の聴力障害の機序及び障害進行の経過と良く合致し、これが本件硫酸ストマイ投与によるものであることを表していると言える。

しかし、余りにも長時間の右増強の持続は、非進行性であつた被控訴人の感音難聴の悪化を疑わざるを得ず、その時期を明らかにすることはできないが、右耳に対する前記硫酸ストマイによる障害増強がかなり進んだ段階で、これに起因して、既応の感音難聴もまた進行するに至つたと解するのが相当である。

従つて、右感音難聴の再発も、本件硫酸ストマイ投与によつて発生したものである以上、相当因果関係が認められ、結局、被控訴人の本件投与後の聴力障害増強の結果のすべてにつき、因果関係が肯定される。

四控訴人飯塚の不法行為責任

(一)  医師が患者に対し、医療行為を行うに当つては、これが、高度の専門的知識と技術に基づき、かつ、薬物を含め、人体への侵襲を伴うことに鑑み、患者の容態及び全身状況を十分把握し、善良な管理者の注意義務をもつて、適切な処置を採ることが要求され、いやしくも、右医療行為によつて、患者の身体に重大な副作用を発現させる危険性がある場合には、医師として、本来の治療目的に即し、緊急性等避けることができない場合を除き、副作用による被害を回避すべく、高度の注意義務が求められ、特に、重篤な治療不可能な障害に陥る危険を回避するため、最善の注意義務が要求されるものと解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみるに、前掲認定、説示のとおり、被控訴人は、入院時の問診で控訴人飯塚に対し、予め、耳の聴えが悪い旨を訴え、同控訴人は、本件硫酸ストマイ投与前の第一回のオージオメータによる検査結果により、耳鼻科専門医でなくとも、ストマイ注射の施用を日常の業務としている結核専門医として、被控訴人の難聴の程度が、左耳が聴えない程の高度の難聴であり、右耳はそれ程ではないにしても、やはり相当悪く、通常なら日常会話に支障がある程度のものであることを容易に知り得た筈であり、また、若し必要なら右の点につき、検査をした耳鼻科専門医らに問い質すなどして、難聴の程度や自らの知識の不足を補うべきも当然である。

なお、前掲乙第一〇号証の一によれば、前記聴力検査結果では、左耳につき、骨導聴力損失値より気導聴力損失値がより悪く、右差異自体は伝音難聴併存の可能性もないではないが、陰影聴取の影響によるもので、これが否定されること、前述のとおりである。そして、重大な副作用の被害を回避すべき、高度の注意義務を課せられた同控訴人としては、左耳の右聴力損失値の差異につき、より詳細な検査等を行つて伝音難聴であることが確認されない限り、いずれも感音難聴の可能性を前提に、最も慎重に対処すべきことが求められるのは言うまでもないところである。

従つて、結核の治療方法を選択するに当つて、右聴覚に対する副作用のある薬剤を使用すれば、被控訴人の場合、僅かな右難聴の増強でも、即、日常生活上欠くことのできない聴覚のすべてを、失い兼ねない重大な結果を来す可能性のあることは明らかであつたから、前記説示のとおり、治療目的に即し、緊急性等これを避けることが出来ない場合を除き、右高度の注意義務に基づき、右薬剤の使用は許されないと言わなければならない。

そして、硫酸ストマイが、曽てのジヒドロストマイより頻度は低いものの、なお聴力障害が発現し、感音障害者には、より高率の聴力障害が発生する危険があつて、難聴者に禁忌とするのが本件投与当時の医学的知見であること、前掲説示のとおりであるから、被控訴人に対し硫酸ストマイを投与することは、右例外の場合を除き、許されないものであり<証拠>中、これに反する見解の部分はいずれも採用できない。

(三)  そこで、被控訴人につき、右聴覚喪失の危険性を侵しても、硫酸ストマイを投与すべき治療上の緊急性が、果たして存在したかの点について検討する。

<証拠>によれば、被控訴人の入院時における肺結核症の病状は、活動性ではあつたが、結核病学会病型分類によるⅢ型(空洞は認められないが、不安定な肺病変があるもの)のうち、その拡がりが最も軽度の1(第2肋骨前端上縁を通る水平線以上の肺野の面積をこえない範囲)に該当するもので、喀痰の結核菌検査の結果でも、塗抹検査、培養検査とも陰性(但し、塗抹検査では直ちに結果が得られるが、培養検査では成績判明まで八週間を要する。)であつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして、<証拠>によれば、当時の結核予防法施行規則に基づく、厚生省告示の「結核医療の基準」によると、空洞を伴わない浸潤の場合には、硫酸ストマイ、ヒドラジド、パスの三者併用療法を行うとするが、菌が陰性の場合(特に病巣の拡がりが軽度のとき(前記1の拡がりに該当)には、ヒドラジドとパスなどの併用療法を行つてもよいとされていることが認められるのであり、また、<証拠>によれば、殺菌的な効果を有するリファンピシンは、昭和四六年に結核予防法に採用されたものの、未だ投与法が確立されておらず、一般的ではなかつたが、当時においても、地域によつては初回治療にも使用されていた事情が窺われるのである。

従つて、このような軽症の肺結核症である被控訴人については、前掲切替え後のパス、ヒドラジド、エタンブトールの三者併用療法は勿論、右二者併用療法、その他の治療方法が可能であつて、聴覚喪失の危険性を侵してまで、硫酸ストマイを投与すべき治療上の緊急性は、これを見出し得ない。

(四)  <証拠>によれば、控訴人飯塚は、問診の会話に支障を感じなかつたことと、硫酸ストマイ投与により聴力損失が起つても、二〇〇〇サイクルの会話域へ及ぶ前に投与を中止すれば右進行も停止し、かえつて若干の回復すら見られるとの判断から、被控訴人の難聴については、特に慎重な配慮はしなかつたことが認められるのであり、同控訴人には、専ら肺結核症の治療目的を優先させ、前掲聴覚喪失という重篤かつ治療不可能な障害を回避すべき注意義務に違背した重大な過失がある。

五控訴人国の不法行為ないし債務不履行責任及び損害に関する、原判決理由五2、六(原判決三〇枚目裏六行目から同三三枚目裏末行目まで)の判断は当裁判所も正当と考えるので、この部分をここに引用する(但し、原判決三一枚目表二行目及び同五行目の「前記1(三)」をそれぞれ「前項」と、同一〇行目及び同三二枚目表三行目の「別表二及び三」をそれぞれ「別表一及び二」と、同裏九行目の「二月」を「一月」と改める。)。

六控訴人らの、特異素因である既応難聴による、寄与度の減額を求める、当審予備的主張について判断する。

しかしながら、前掲認定、説示のとおり、被控訴人の、本件硫酸ストマイ投与前の原因不明の感音難聴は、非進行性のものであり、右難聴は、非進行性のものが大部分であつて、被控訴人の当時の年齢、及び既に長期間に亙つて進行を停止していたことなどに鑑みれば、容易に進行を開始するものではないのであり、しかも、控訴人飯塚は、右難聴の認識を前提に、治療行為を行うものであるところ、前記説示のとおり、そこに医師としての重大な注意義務懈怠があり、被控訴人の聴覚を喪失せしめるという、悲惨な結果を来したのであるから、損害額を減殺すべき事由を認め得ず、控訴人らの右主張は失当である。

七以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人ら両名は、各自被控訴人に対し、損害金合計金三七八四万円及びこれに対する、不法行為の日の後であり、本訴状送達の日の翌日である昭和五六年一一月二六日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものであり、被控訴人の右請求を認容した部分の原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上田次郎 裁判官川鍋正隆 裁判官若林諒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例